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神戸地方裁判所 昭和31年(ヨ)69号 判決

神戸市兵庫区大関通七丁目四番地(大関荘内)

債権者

山根一雄

同市長田区六番町三丁目二十一番地

巽一夫

右両名訴訟代理人弁護士

竹内信一

井藤誉志雄

同市生田区元町通一丁目六十二番地

債務者

株式会社 関水社

右代表者代表取締役

有久芳夫

右訴訟代理人弁護士

村田定由

右当事者間の昭和三十一年(ヨ)第六九号仮処分申請事件について、当裁判所は、同年七月二日終結した口頭弁論に基いて次のとおり判決する。

主文

本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は、債権者両名の負担とする。

事実

債権者両名訴訟代理人は、「(1)債務者が昭和三十一年一月十八日債権者両名に対してした解雇の意思表示の効力は、本案判決が確定するまでこれを停止する。(2)債務者は、右期間内債権者両名を債務者会社の従業員として取扱い、かつ、同月十九日以降の平均賃金として、毎月末日限り、債権者山根一雄に対しては一日三百七十九円三銭、同巽一夫に対しては一日四百九十三円八十二銭の割合によるその月分の手取額を支払わなければならない」との仮処分命令を求め、申請の理由として次のように陳述した。

「債権者両名は、いずれも債務者会社の工員として雇傭されていたものであるが、昭和三十一年一月十八日、債権者山根一雄はよく欠勤するから、同巽は早退が多いからという理由で即日解雇する旨言い渡された。

しかし、債権者等は、欠勤や早退が格別多かつたわけではない。昭和三十年十一月一日付で工員全般に昇給があつた際にも債権者両名は、平均額一日四十円の昇給を受けた程である。これにひきかえ、一日二十五円しか昇給しなかつた臼杵という工員でも、今なお解雇されていないのである。

すなわち、債務者は、決して債権者等の勤務成績が悪いからこれを解雇したのではない。その真の意図するところは、別にある。債務者会社の工員は、全部で十六人であるが、昭和二十九年初頃以来久しく昇給がなく、生活が苦しかつたので、彼等の間に会社に対する団体交渉を以て賃金引上の要求を貫徹しようという動きがあらわれ、特に昭和三十年四月五日、四、五人の者が集つてその対策を練り、更に同年十月十二日斗争方針を討議したところ、この過程において正規の労働組合を結成する必要のあることが工員達一般に認識され、前記のとおり、平均一日四十円の昇給が実現した後、昭和三十一年一月十五日組合結成準備会が開かれ、その席上いよいよ同月二十二日に結成大会を開くことを決したのであるが、この間常に労働者の先頭に立ち労働条件の改善と組合の結成に尽力したのが、債権者両名に外ならない。かような次第で、債務者が債権者等を解雇したのはまさに右債権者の活動を嫌い、労働者がその正当な権利を行使するのを弾圧する意図に出たものであつて、不当労働行為として、その効力を否定しなければならない。

そこで、債権者等は、債務者を被告とし解雇無効確認、賃金支払請求等の本案訴訟を提起すべく準備中のところ、債権者等は、いずれも債務者から支給される賃金(債権者山根の平均賃金は一日金三百七十九円三銭、同巽のそれは一日金四百九十三円八十二銭の割合で、いずれも毎月末日限りその月分が支払われる定であつた)だけで生活して来た労働者であるから、到底右本案訴訟の完結まで手をこまねいて待つ余裕がない。よつて当面の著しい損害を避けるため、本案判決の確定に至るまで債務会社において、債権者両名をその従業員として取り扱いこれに対し従前の割合の平均賃金をその所定日に支払うことを命ずる仮処分を求める次第である」

債務者訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

「債権者等の主張事実中、債務者が債権者両名を工員として雇傭していたこと、右雇傭期間債務者が債権者両名に対しその主張どおりの平均賃金をその主張の日に支給していたこと、債務者が債権者両名をその主張の日に解雇したことは、これを認める。

しかし、右解雇処分は、左記のとおり真にやむを得ぬ事由に基くものであるから、これを目して不当労働行為というのは当らない。

債務者会社では、過去数年にわたる事業不振と赤字の累積を克服するため協議を重ねていたところ、工事現場を合理化して工程を短縮し、能率の増進と生産原価の低下を図ることが必要であるとの結論に達し、不良機械を撤去して職場の組替を実行すると共に、機械加工の部分品の製造単価を切り下げるため自己生産をやめて下請外註加工とする等の方策を決した。そして、以上の方策を実施すべく計画を樹てたところ、余剰人員を生じたので成績不良の故を以て従来から解雇予定通りのリストに乗せられていた債権者両名、並びに小藪一三、臼杵道雄の四名を、昭和三十一年一月中に解雇したのである。もつとも、小藪、臼杵の両名については、欠勤は多かつたけれども、それぞれ家庭の事情、持病等のやむを得ぬ事由に基くものであり、かつその旨の届出があるし、優秀な技術と能力の持主であるので臨時工として再採用した。(但し、小藪は、その後も出勤成績が悪かつたので、程なくこれを解雇した)しかし、債権者両名は、殆ど毎月間欠的かつ平均的に欠勤、早退、遅刻を繰り返し給与に影響しない最低線を計画的に歩いていたと見られる節もあり、また、その欠勤はすべて無届であり、早退、遅刻も首肯し得る理由がないのみならず、その技術も拙劣で仕上工の山根については、昭和三十年五月債務者会社の委員会でその技能が問題となつたが、他の工員において将来同人を指導し、その技術を向上させる旨の保証書が工務課長に差し入れられているから、暫く解雇を留保されたいという同課長の申出があつたので、一時その解雇を差し控えていたのであるが、その後も依然として技術向上の見るべきものがなかつたものであり、また旋盤工の巽についても、旋盤に材料を取り付ける程度の仕事すら単独ですることができず、更に故なく出張工事を忌避するなどの事情があつて、現場員の総意としても、債権者両名と共に働くことを好まぬ傾向があつたのである。なお昭和三十年十一月一日付で債務者会社の工員全般に昇給があつた際、債権者両名も一日四十円昇給したことは、これを認めるが、この時の昇給は過去二年間昇給がなかつた償いに生活給の意味で実施したものであり、しかも一日四十円という昇給率は欠勤が、特段に多かつた臼杵の二十五円、入社後日の浅い見習雑役夫の二十円及び十五円各一名を除き、最低であつたから、このことを捉えて債権者両名の勤務成績が格別悪くなかつたというのは当を得ない。その証拠に、生活給でなく純然たる報償金の意味で支給した同年十二月の年末賞与を見れば、十六人の工員中最高五千円の支給を受けた者があるにもかかわらず、債権者両名は、最低の五百円しか得ておらず、これと同列に位したのは、前記臼杵と入社後一年に満たず初任給の高額であつた雑役夫前野の二人だけであつた。

なお、債権者等は、債務者が債権者両名を解雇したのは、その活溌な労働運動を弾圧する意図に出たものであると主張するが、右は一般の公式論を漫然本件に適用した謬論である。債務者は、債権者等がその主張のように労働条件の改善と労働組合の結成のため卒先活動した事実を知らない。また、かりに債権者両名につき右のような事績があり、債務者がこれを知つていたとしても、その故を以て債権者等を解雇する筈はないのである。そもそも、債権者山根が共産党員であり、前職場川崎重工業株式会社から昭和二十五年十月いわゆるレッド・パージにかかり解雇された者であることは、その採用当初から本人において履歴書に記載していたし、その旨工務課長にも申し出ていたので、債務者においてこれを熟知していた。債務者会社では、同債権者以外にも同様の経歴者を数名採用し、現にこれを工場で就労させているのである。一般に共産党員が工員に採用された場合、活溌な労働運動に従事するであろうことは、現代社会の常識であり、債務者会社でも当然予期していたところであつて、かかる運動を嫌悪するがごとき思想は、少しも有していないのである。かような次第で、債権者両名に対する解雇処分には、何等債権者等主張のような無効事由を認めることはできない。

なお、債務者は、債権者等を解雇すると共に未払給料と平均賃金三十日分相当の解雇予告手当を送付し、債権者等は、いずれもこれを受領した。その後債権者等からも債務者に対し離職票の交付を要求し、これを受け取つているし、また、失業保険金受領の手続も了しているのである。これらの事実は、債権者等が自ら本件解雇処分を承認したことを物語るものであつて、既に本件の係争関係は、事実上解決済である。しかるにその後一箇月以上も経過してから、債権者等が突如右解雇の無効を主張し、本件仮処分申請に及んだことは、全く不可解と評するの外はない」

疏明として、債権者両名訴訟代理人は、疏甲第一及び第二号証の各一、二、同第三号証を提出し、証人上野光三の証言、並びに、債権者両名本人訊問の結果を採用し、「疏乙第一、第二及び第八号証の成立は知らないが、同第三乃至第七号証の成立は、いずれもこれを認める」と述べた。

債務者訴訟代理人は、疏乙第一乃至第八号証を提出し証人山本貫一、同西川博及び同原田節三の各証言、並びに、債務者会社代表者本人訊問の結果を援用し、「疏甲号各証の成立は、これを認める」と述べた。

理由

債権者両名が、債務者会社の工員として雇傭されていたところ、昭和三十一年一月十八日解雇処分の通告を受けたことは、当事者間に争がない。

しかるところ、債権者等は、右解雇処分が不当労働行為として無効であると主張し、債務者は、これを争うので以下この点につき判断する。

証人上野光三の証言、並びに、債権者両名本人訊問の結果を綜合すれば、債務者会社にあつては、昭和二十九年初頃以来久しく工員の昇給を停止していたことから、ようやく彼等の間に不平の声が高まり、会社に対する賃金引上の交渉を繰り返して来たところ、これが更に労働組合結成の準備にまで発展して、しばしば数名相集い協議を重ね、遂に昭和三十一年一月十五日に至り、同月二十日組合結成大会開催を決定する運びになつたこと、この間の団体交渉及び組合結成準備に際し、債権者両名は、常に他の工員達に対し主導的立場にあつて積極的に活動していたことが疏明される。しかしながら、債務者会社が特に債権者等の右労働運動を嫌悪し、排斥する意図を以てこれを解雇したものであるとの債権者等の主張に沿う資料としては、右解雇処分が組合結成準備の完了と時期的に接着してなされたという事実以外になく、しかも右事実は、後記認定の諸事情と対比して考えると、債権者の右主張を肯定する根拠として甚だ不充分である。すなわち成立につき当事者間の争のない疏乙第四号証、証人上野光三、同山本貫一及び同西川博の各証言、並びに債務者会社代表者本人訊問の結果を綜合すれば、昭和二十九年頃から債務者会社の経理状態が香しくなかつた関係上、経営合理化の一方策として人員整理を断行することを決し、解雇の対象として勤務成績や技術が他の工員達の水準に達しない債権者両名等を選んだものであり、しかも債権者等の解雇は、既に昭和三十年五月頃から会社幹部連の間で前示の理由により問題になつていたことが、一応認められるのである。

してみれば、債務者の債権者両名に対する解雇処分が不当労働行為として無効であるという債権者等の主張は、理由のないものであるから、右解雇の無効を前提とする本件仮処分の申請は、その余の判断を俟つまでもなく失当であるといわなければならない。よつてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村友一 裁判官 吉井参也 裁判官 戸根住夫)

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